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処刑場跡地近辺の車庫で夜な夜な宴会をしている武者と十二単衣の女性

この記事の所要時間: 139

私は、とある電車の車庫を職場としている者なんですが、その場所は昔処刑場だったらしく、今でもよく武者・十二単衣の女性が出るそうです。

車庫を横切る高架があり、そこを渡って住宅街へ帰宅する住民の方々から
『おまえんとこの車庫は何故夜中外で武者・十二単衣の格好して宴会してんだ!』
って苦情もめずらしくありません。

そんな宴会などするはずないじゃないですか。普通に考えて。。

 

私の同僚も仕事で我が車庫に宿泊しに来た時、1F食堂で煙草吸っていたら、外から十二単衣の女性が中を覗いてたといっていました。

仮眠室にも数部屋曰く付き部屋があるんですが、武者・十二単衣と関係があるかは定かではありません。

武者・十二単衣は今も、そしてこれからも自分達の死を受けとめられず、夜な夜な宴会をしていくのでしょう。

十二単とは?

十二単(十二単衣、じゅうにひとえ)は、平安時代の10世紀から始まる女性用の装束である。

五衣唐衣裳を十二単と呼ぶ風潮は、「平家物語」の異本『源平盛衰記』の中に「弥生の末の事なれば、藤がさねの十二単の御衣を召され」とある言葉の意味を、世間では取り違えられて広まったものとみられている。

五衣唐衣裳を宮中では十二単とは呼ばないからである。

また、昔は袿の枚数を「単」で表し、2枚重ねると「二単」、7枚重ねると「七単」というような語彙もあった。

この記述では単を着て、言葉のまま上に12枚の袿を重ね着した重ね袿姿で平徳子は入水したという意味になる。

しかし、元来の意味とは違っても、五衣・唐衣・裳を十二単と呼ぶ俗称は一般的に使用されている。

十二単は20kg程あり、四季に応じた名称の「かさね」を用いた。

また、宮中では女性の「束帯」に当たる装束として「物具装束」が平安後期まで存在したが、女性が公儀の場に出るのを嫌う風潮もあって、着用される機会が減り廃れた。

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