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日本最大の水難事故死が起きた三重県津市中河原海岸に漂う見えない力

 2015.10.05     悲惨な話     コメントを書く     Loadingお気に入りに追加
この記事の所要時間: 63

三重県津市の中河原海岸での出来事。

第二次世界大戦中の7月28日。

米軍の空襲を受け、250名もの人間が命を落とした。

火葬仕切れない遺体は、この海岸に埋められたと伝えられる。

 

そして昭和30年、この場所で水泳教室を開いていた中学校の1学年女子生徒36人が溺死した。

生存者はわずかに9人。

一度に出た水難事故死としては日本最大である。

生存者の証言によると、もんぺ頭巾の姿のモノが女子生徒を海に引きずり込んでいたという。

これは一人だけでなく、生き残った生徒の内の5人が証言した。

多数の同時証言が取れているので疑う余地はなく、空襲で死んだ者の怨念が海に引きずり込んだ以外に考えられないと一部のオカルト好きは言う。

また、その後も事故が絶えず、現在は遊泳禁止である。

橋北中学校水難事件の報道

 

橋北中学校水難事件について

橋北中学校水難事件(きょうほくちゅうがっこうすいなんじけん)または津海岸集団水難事件(つかいがんしゅうだんすいなんじけん)は、1955年7月28日に三重県津市の津市立橋北中学校の女子生徒36人が、同市中河原海岸(文化村海岸)で水泳訓練中に溺死した水難事件。

当時の新聞(朝日新聞、毎日新聞)の見出しには、「津水死事件」「集団水死事件」「津の女生徒水難事件」「津の中学生水難事件」、週刊誌では「津海岸集団水死」(週刊朝日)、また「津海岸女生徒水難事故」(判例時報、446)、ネット上では「津海岸水難」(毎日フォトバンク)、「三重県津市の橋北中学校の生徒の水難事件」(衆議院会議録情報 第022回国会 法務委員会 第44号)といった名称が見られる。

 

事故の実態

この事件には、校長、教頭、体育主任が業務上過失致死で起訴され、控訴審名古屋高裁(小林登一裁判長、吉田岩窟王事件の判決で有名。

成田薫、布谷憲治裁判官)で無罪が確定した刑事裁判、津市を相手取った民事の損害賠償裁判があるが、何が起ったかについてはこれらの判例の証言、証拠によるのが今のところ妥当とされる。(「第一審刑事裁判例集、第1巻追録」(1958)、「下級裁判所刑事裁判例集」(3、1・2、1962)、「下級裁判所民事裁判例集」(17、3・4、1966))

 

異常流

28日事件当日、水泳場設定時すでにあった流れで、平常の満ち潮だけに原因する流れとは到底認め得ないかなり強い流れ、これを裁判では「異常流」と称している。

第一審津地裁では「強いとはいえ水泳場内に立っているものが押し流されるというまでには至らぬ程度のもの」としたが、控訴審では「多数の女生徒を押し流した」としている。

これが27日とは逆に水泳場をほぼ南より北に流れていた(27日には生徒が南に流されている)。

これについては以下の証言がある。

  • 「足の裏の砂がすうと動くように感じ」(女生徒)
  • 「海底の砂がくづれて流されている様子であった」(女生徒)
  • 「流で足をさらわれ倒れかかったこともあった」(泳げない組女生徒)
  • 「北に向きをかえて泳ぐととても泳ぎやすかった」(泳げる組女生徒)
  • 「自分は少しは泳げるのにこの日はほとんど泳ぐ間もなしにブクブク流されていって溺れた」(泳げる組女生徒)
  • 「後向きに陸の方へ行こうとしたけれどもなかなか進めなかった」(女性教諭)
  • 「急いでそこへ行くと…後から押されるように前に浮き上るのを感じた」(教諭)
  • 「後から突きだされるような感じをうけながら溺れていた生徒を助けたが」(教諭)
  • 「2人目の救助に向かった時、急に潮の流がきつくなってきてさざ波もたち…○○は足がなおって浮袋をもちながら戻ろうとしても流がきつく、なかなか戻れなかった」(女生徒の救助に当たった男子水泳部員)

 

急激な水位上昇

生徒の入水後2,3分した頃沖合から突然大きなうねりが女子水泳場附近一帯に押し寄せ、このうねりのために女子水泳場は沖の境界線附近でさえ1m足らずの水深しかなかったのに1m4,50cmに水位が上昇したとするもの。

第1審では錯覚とし、民事ではうねりはあったにしろたやすく信用できないとしている。

これについては以下の通り証言がある。

  • 「女子水泳場東南隅附近の深さは腰(実測1m)まで位のところで…5分もたたないうちに水が急に口の辺(実測1m45cm)まできて」(女生徒)
  • 「(東北隅の表示竿)へ歩いたり、泳いだりしながらいくと、まだそこにいきつかないうちに立とうとしたら背がたたず、頭が水にはいってしまっても足がつかないので、」(泳げない組女生徒)
  • 「色小旗のすぐ手前の辺で一寸泳ぐまねをして立とうとしたら急に水がふえ背が立たなくなり頭をこしてしまった。」(泳げない組女生徒)
  • 「その時急に深くなってきて、背がどうにか立つか立たん位になったので、背のびしてピヨンピヨンとぶようにして岸へきたが」(泳げない組女生徒)
  • 「東南隅の表示竿の手前1m位のところへいくと、自分の胸位(実測1m14cm)の深さでその時は流も感じなかった。3人で北に向かって泳いでいき東北隅の表示竿の手前5m位のところで立とうとすると、深くて立てないので」(泳げる組女生徒)
  • 「水泳場の中であろうと思うが、疲れて立とうとしたら深くて背が立たなかったので必死になって陸の方へ泳いだ。立とうとしたところの深さは手をあげても足りないくらいだった」(泳げる組女生徒)
  • 「(南から3本目位の小旗)へ10m位とんでいこうとすると、へそ位の深さだったのが高いうねりのためあごの辺まで水がきて」(教諭)
  • 「女子水泳場の東北隅の表示竿より南西15m位のところに立ちどまると、深さはへその辺(95cm位)であったが、急に20cm位もあるうねりがきたかと思うと…その時水は脇位(1m16cm)になっていて、…うねりはわずかの間隔をおいて2回きたことはたしかである」(教諭)
  • 「表示竿の線から2,3mでたところまでいくと、そこでもパンツの上のバンドがぬれないくらいの深さしかなかったが、…表示竿の南方15,6mのところで胸の深さになり、…急いでそこ(20m位先)へいくと自分のあご位の深さになり」(教諭)
  • 「女子水泳場の北限の表示竿の方へいくと…そこの深さは水が鼻の辺まであったから1m50cm位であった」(教諭)
  • 「南西から北東へよぎるように海に入っていくと、乳の辺までの深さが急に深くなって鼻の辺まできた」(救助に当たった男子水泳部員)

この他「その時の潮は漁師仲間で上り潮という癖のあるもので、…こういう潮の時は海面に段がついて押してくるので」(救助に当たった漁師)、「海岸の方に何かが押し迫ってくるような感じがした」(男子生徒)という証言がある。

このような「異常流」や「急激な水位上昇」についての証言は、いずれも幅50mの女子水泳場内外でのことで10m隔てた男子水泳場ではそれを意識しなかった男子生徒がかなり多数あった。

出典元:ja.wikipedia.org

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