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即身仏の尊さと育児放棄で餓死した乳幼児の餓鬼道堕ち

この記事の所要時間: 71

北関東の田舎の、あるお寺のお坊様から聞いたお話。

「即身仏はなぜ尊いとされたのでしょうか」
と、その寺のお坊様は私に尋ねました。

「それは『餓え』という生命全てが持つ生存欲を意志の力で越えていく行為ゆえです。
大乗仏教では個人的な苦行は否定されていますが、即身仏のみ、自らの餓えを以って他者の餓え、大きな飢饉を贖おうとする、キリスト教的な価値観が見て取れるのです」

人間の3大欲求である○欲、睡眠欲そして食欲。

餓えとは、その最大の欲求である食欲が満たされない時に発生する、生命体の最大の試練なわけです。

 

最近、育児放棄による乳・幼児の餓死が多数報道されるようになっていますが、実はこうした事例は昔から多くありました。

そうして亡くなった方はあまりの食への妄執の強さ故、餓鬼道に堕ちてしまうそうです。

それは徳を積んだ高僧が目的を持っての餓死であれば回避できるそうですが、幼く、餓死する必要もない子供であったりする場合、「餓えて死ぬ」と、魂が磨耗してしまうそうです。

前世の悪行故に今生で幼くして餓えて死ぬ運命を背負って生まれてきたのだ、という人もいますが、

そのお坊様によると、
「そういう魂はバングラデッシュやアフリカなどの皆が餓えているところに出る」

「この日本の今の時代に餓えて死ぬというのは、今生で生じた悪縁によるところが大きい」
そうです。

 

その話は、祖父の何回忌かで、施餓鬼というものをやった時に聞きました。

餓鬼道に堕ちた餓鬼に施しを与え、現世に悪さをしないようにする祟り避けの儀式だそうです。

その時は、お団子をたくさん作って、お仏壇の前に小さなテーブルを祭壇にして供えました。

そのお坊様が来て、お経を上げて、
「何かを食べる時にはいつも『頂きます』食べ終わったら『ご馳走様』と口に出して言ってください。その感謝の念が餓鬼に届きます」

「そう言わない食生活、ただ口に食べ物を運ぶだけの生活をしていると、物を食べていても餓鬼道に近づきます。餓鬼道は私達のすぐそばにあるんですよ」
とお話して帰りました。

 

 

その夜のこと。

ふすま1枚隔てて祖父の仏壇の隣の部屋で、母と姉と女3人で寝ていたのですが、夜中におしっこがしたくなり起きてしまいました。
(父は仕事があるので夕食後に一人で帰りました)

祖母の家は当時まだ汲み取り式で、深い穴がちょっと怖かったのですが、別に3色の手が出てきてお尻をなぜるということもなく、無事におしっこをし終えて部屋に戻ったのです。

私は当時、確か小学校5年生でした。

 

部屋に戻ると、母と姉を起こさないようにそおっと布団の周りを回って、真ん中に敷いてあった自分の布団に潜り込もうとしましたが、祖母の家で飼っているキジトラの猫が布団の上に寝ていて布団に入れません。

その子を抱っこして一緒に布団に入ろうとすると、その子はフゥッ!と唸って、隣の仏間に走りこんでしまいました。

ああっそっちはお団子が飾ってあるから入っちゃダメだよ!
と思って、私も隣の部屋に四つんばいになったまま入りました。

思えば、なぜふすまが開いていたのか。

 

暗い仏間の中心にそのキジトラが座っていて、毛を逆立て、尻尾を太くして、フーウフーと喧嘩をするようにうなっていました。

後ろの寝室の常夜灯の茶色い光がふすまの開いた隙間から微かに差し込んでいて、仏間の様子はうっすらとわかりましたが、お仏壇の前に供えていた白いお団子が見えません。

あーもうひっくり返しちゃったのか、と思って暗がりの中、よく目を凝らしてみると、キジトラは仏壇をにらんで唸っていました。

そして、お団子が見えないわけも判りました。真っ黒い餓鬼が何体も、そのお団子の山に群がっていたのです。

赤ちゃんくらいの大きさですが、手足が細く長く、頭とお腹だけが丸々と。

それらがお団子を口に運んでいましたが、食べると青白い火みたいになって、その照り返しで顔がおぼろげに見えるのです。

その時は、ただお化けだ!と思いましたが、後で調べたら、典型的な餓鬼の絵にそっくりでした。3体以上はいました。

私はびっくりしてその場で気を失ってしまいました。

 

翌朝早く、布団がなくて寒くて目が覚めると、私は仏間と寝室の間に寝そべっていました。

あー寒いと思って布団に戻って、そこで昨晩見たものを思い出してゾクっとして、お仏壇の前に見ると、お団子は全てドロドロに溶けてしまっていました。

猫がおしっこを掛けたんだとか言っていましたが、おしっこの匂いはしませんでしたので、祖母に昨晩見た話をすると、
「そりゃ昔の飢え死にしたご先祖様じゃないの。お腹を一杯にしてもらったから悪さはしないよ」
と言ってくれました。

 

でも、私には気になることがありました。

照り返しでおぼろに見えた顔の中に、小2の時に仲良しだった友達の顔が見えた気がしたのです。

彼女は、親がパチンコに狂って生活保護を受けていて、幼稚園に通っていませんでした。

それで、小1の時からいじめられていて、小2で同じクラスになった時に仲良くしていたのですが、小2の年末にご飯も食べさせてもらえずに半裸で家から締め出されて凍死してしまったのです……

あの餓鬼の頭でキラっとしたパッチンどめは、彼女のお棺に入れたものだったと思うのです。

彼女はもう極楽にいるんでしょうか。いてくれるといいなぁと思います。

即身仏とは?

密教系の日本仏教の一部では、僧侶が土中の穴などに入って瞑想状態のまま絶命し、ミイラ化した物を「即身仏」(そくしんぶつ)と呼ぶ。仏教の修行の中でも最も過酷なものとして知られる。

この背景にあるのは入定(“にゅうじょう”ないしは生入定)という観念で、「入定ミイラ」とも言われる。本来は悟りを開くことだが、死を死ではなく永遠の生命の獲得とする考えである。入定した者は肉体も永遠性を得るとされた。

日本においては山形県の庄内地方などに分布し、現在も寺で公開されているところもある。また、中国では一部の禅宗寺院で、今もなおミイラ化した高僧が祀られている。

木の皮や木の実を食べることによって命をつなぎ、経を読んだり瞑想をする。まず最も腐敗の原因となる脂肪が燃焼され、次に筋肉が糖として消費され、皮下脂肪が落ちていき水分も少なくなる。生きている間にミイラの状態に体を近づける。

生きたまま箱に入りそれを土中に埋めさせ読経をしながら入定した例もあった。この場合、節をぬいた竹で箱と地上を繋ぎ、空気の確保と最低限の通信(行者は読経をしながら鈴を鳴らす。鈴が鳴らなくなった時が入定のときである)を行えるようにした。

行者は墓に入る前に漆の茶を飲み嘔吐することによって体の水分を少なくしていたといわれている。漆の茶にはまた、腐敗の原因である体内の細菌の活動を抑える効果もあった。

これらは死を前提にするため当然ながら大変な苦行であり、途中で断念したものも存在する。

湿潤で温暖な気候の日本では有機体組織を腐敗から防ぐのは非常に困難を伴い、死後腐敗してミイラになれなかったものも多い。

ミイラになれるかなれないかは上記の主体的な努力によることと、遺体の置かれた環境にも大きく影響するだけでなく、関係者により確実に掘り出され、保存の努力が成されるか否かにも左右される。

生入定においては当人が死後に「即身仏」として安置されることを望んでいない場合もあるが(ミイラとならないケース、すなわち補陀落渡海なども含まれる)、望んでいた場合でも死後の処理が遅れた、ないしは処理が不完全だったために即身仏として現在安置されていないケースもある。

出典元:ja.wikipedia.org

餓鬼道とは?

餓鬼道は餓鬼の世界である。餓鬼は腹が膨れた姿の鬼で、食べ物を口に入れようとすると火となってしまい餓えと渇きに悩まされる。

他人を慮らなかったために餓鬼になった例がある。

旧暦7月15日の施餓鬼はこの餓鬼を救うために行われる。

出典元:ja.wikipedia.org

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