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ヘビみたいに虚ろな目の女が死後も抱えた未練

ヘビみたいに虚ろな目の女
この記事の所要時間: 642

この話は、私の父が生前体験したことを、なるべく当時の様子を変えず、またその時の父の口調、内容を崩さぬように私がお越し直したものです、文中オレとしてあるのは父のことです。

昭和30年代の後半のことだそうです。

私の家は元は農家でありました。

 

 

オレの家の裏にある持ち山の中腹には、昔小さな畑があってな、自分とこだけで食べる分だけを作ってたんだわ、水もちゃぁんとあった。

大抵は毎日、田に出る前と後、朝と夕に作物の世話をしたり、取り入れをしたりしていたんだ。

夏のある日のことだ。

日も傾いて西の山にもうすぐ隠れるという頃ョ、仕事を終え、さぁもう帰るベェかと、ヒョイと顔を上げると畑の隅に女が立っている。

こんな山ん中、こんな時刻に、なにより此処はオレとこの山ダァ、と怪しんだんだが、別段何をしているでもなく、ただジィとこちらを見ている。

身なりからして山乞食とゆうのでもないようだ。

オレは何をしているのかネと尋ねてみようと思って近付いたが、その女の目が、オレを見ているというよりも、オレの頭の後ろ、ヘビみたいに虚ろな無限大になっている。

オレは気味が悪くなり、踵を返すと籠を背負い、早々に麓の自分の家へと山を降りることにした。

 

少し歩いてから、オレは振り返ってみた、あの女はどうしたろうかと。

そしたら、その女、オレのすぐ後ろを付いてきてるじゃないの?

いよいよ気味が悪くなったけど、こんな田舎の村には不思議な事の一つ二つはあるものだから、もう気にするのは止めて、成り行きに任せることにした。

それでも腰の鎌だけは、いつでも抜けるようにと用心だけはしていた。

やがて山道が終わると、細い田舎道に出る、後ろを振り返ると女はまだ付いてきてる。

この道の向こうが村の中だ。

道をわたると漸く安心した。

オレはまた後ろを振り返ってみた。

すると、女はいない、この暮れかけた中を一体どこに行ったのか、オレは半ば本気で狐に化かされたと思っていた。

 

翌日もオレは昼から畑に行った、そしてその日の仕事を終えて、道具を片付け、顔を上げると、その女はまた畑の隅に立っていた。

昨日と同じように山を降り、後ろを振り返れば女はやはり付いてきていた。

そして麓の道に出ると女は消える。

翌日も同じ、後ろを振り返れば女がいた、オレの方もその頃には余り気にならなくなっていた。

四日目、女はやはりオレと一緒に山を降りたが、その日は少しいつもと勝手がちがっていた。

いつもオレの後ろを従うように付いてきた女はが今日は並んで歩きだした。

横目で女の顔を見ると、最初に見た時と同じ、虚ろで無限大の目をしていた、オレはコイツとニラメッコをしたならば、さぞかしつまらなかろう、そんなコトも考えた。

改めて見ると年の頃は三十を少し過ぎているか、しかも、女の顔にどうも見覚えがあるようにも思えた。

 

そんな事が10日ばかりも続き、夏ももうすぐ終わるぞという頃になった。

いつもと同じように女は立っていた、しかしその日は並んでは歩かなかった、また最初の頃と同じように、後ろから付いてくるくるようだった。

おや、と思い後ろを振り返ってギョッとした。

振り向いたオレの顔のすぐ間近に女の顔があった。

あの虚ろな目に、オレの顔が映っていた。

ずっとその目を見ていると体が芯から冷たくなっとくる気がした。

女は背中の籠に覆い被さる形で、オレの首を抱き込んで、足の先だけ地面に点けたまま、ちょうどオレは女をぶら下げズルズルと引きずるようなオカシな格好で山を降りる事になった。

しかも重みはまったく感じなかった。

オレはその頃にはもうわかりかけていたから、そんな事は無駄なのに、と思いながら女をズルズル引きずりながら山を降りていった。

 

山を降りて、いつもの道を渡ると大きな桐の木がある、その根元に、風化して顔もはっきりしなくなった庚申様があった。

これが為に女は村に入れないのだ、村に未練を残した人間でもいるのか、何となくオレは、その女が哀れになってもいた。

振り向いたとき、やはり女は消えていた。

それからさらに20日ばかり経ち、風や虫の声に秋を感じるようになったころ、あの道を広げ県道へ通じる道になることになった。

不思議な事に秋雨の降る日には女は出てこなかった。

一年以上前から決まっていた、その工事がいま始まる事になったのだ。

その際に、あの桐の木は切られ、庚申様は一時別な場所に移される事になった。

オレは不味い事になったと心中思った。

 

どうせ、この時期は秋の長雨、たいした作物も取れるわけでもなし、オレは思い切って山に入るのをヤメにすることにした。

やがて工事は始まり、桐の木は倒され、庚申様は近くの農家に非難した。

11月も半ばになり、その日オレは所用で町まで出ていた。

当時のバスは本数も少なく、終わるのも早いから、歩いて村に戻ったのは10時を回っていた。

街灯の無いところは、ほんとうに真っ暗だった。

女が立っていた、あれは村の中に入ってきていた。

ある家の前にぼんやりと立っていた。

田舎の家は夜早いというのに、その家はまだ灯りがついており、その灯りに女の顔がぼんやりと照らされていた。

その家を見たとき、オレはアァと思った、あの女は確かにこの家の女房だった、と。

一年前の夏に病気で死んだ嫁だった、と。

 

何の病気で死んだのかは知らないが、それよりも村の噂になったのは、その亭主が、女房が亡くなって半年もしない内に、町に囲っていた後家を、家に住まわせた事だった、しかも後家はすでに身重だったと。

これは、それから一週間程して聞いた話だ。

あの日、女が立っていた日、後家は女の子を産んだと。

しかし母親の方は出血がひどくその日の朝には亡くなったと。

産まれた赤ん坊は助かったが、顔の右半分から背中にかけて赤痣がくっきりと、血を流したようにたれていたと。

 

 

私の家は、その後、農家をやめ、町に越してしまいましたので、その後その父娘がどうなったのかは知りませんが、風の噂では父親は泥酔した挙げ句、川に落ちて溺死したとか聞きました、なぜか口の中に髪の毛のような細く長い藻がいっぱい詰まっていたそうです。

ただ、父が最後まで不思議がっていたのは、なんでオレとこの山にいたんだろ、それがワカラン。ということでした。

庚申信仰について

現在までに伝わる庚申信仰(こうしんしんこう)とは、中国道教の説く「三尸説(さんしせつ)」をもとに、仏教、特に密教・神道・修験道・呪術的な医学や、日本の民間のさまざまな信仰や習俗などが複雑に絡み合った複合信仰である。

庚申(かのえさる、こうしん)とは、干支(かんし、えと)、すなわち十干・十二支の60通りある組み合わせのうちの一つである。

陰陽五行説では、十干の庚は陽の金、十二支の申は陽の金で、比和(同気が重なる)とされている。

干支であるので、年(西暦年を60で割り切れる年)を始め、月(西暦年の下1桁が3・8(十干が癸・戊)の年の7月)、さらに日(60日ごと)がそれぞれに相当する。

庚申の年・日は金気が天地に充満して、人の心が冷酷になりやすいとされた。

この庚申の日に禁忌(きんき)行事を中心とする信仰があり、日本には古く上代に体系的ではないが移入されたとされている。

出典元:ja.wikipedia.org

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