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死にたがっている生霊と生かされ続ける人間

老人介護で生かされ続ける人間
この記事の所要時間: 444

ある日のこと。

教会に来る信者さんで、ホームヘルパーの仕事をしている田中さん(男・仮名)に、「一緒に行ってほしい家がある」と頼まれた。

老人の一人暮らしなのだがどうにも薄気味悪く、一人だと神経がまいってしまうらしい。

 

親父に一応相談すると

「行ってあげなさい。」

と言われたので、お礼のガストでステーキに釣られて手伝いに行った。

 

ご老人は80歳くらいのおじいさんで、古い県営の住宅の4階に一人で暮らしていた。(表記は501号室)

田中さんの話では、もう県営マンションができた時からここで暮らしているらしい。

県営マンションのほとんどは空き家。

正面に同じくらいの大きさのキレイなマンションが建っているとこを見ると、

順番に取り壊して新しいのを建てる計画があるのだろうと、なにもしらない俺でも想像できた。

 

エレベーターで4階に移動して501号室にむかうと、奥の部屋の半開きのドアがバタンと閉まった。

空き家だらけだと思っていたが、割と人が住んでいるんだなと思ったが、田中さんはそのドアの閉まった部屋の前で止まった。

 

そして書類ケースから鍵を取り出し、チャイムも鳴らさず鍵を開けて

「おじいちゃーん」

と元気良く部屋に入っていった。

 

部屋の中には、おじいさんが一人で寝ていた。

昼間なのに、カーテンを閉め切って真っ暗な部屋の中は正直、汚物の匂いで充満していた。

田中さんは、慣れた手つきで窓を全開にして、換気扇を回すように僕に指示した。

 

「おじいちゃーん」

と大きな声を出しながら布団を捲り上げると、中から蠅が数匹飛び出した。

 

おじいさんは

「あうあう」

と言った声を出して、田中さんに応えている。

 

田中さんは、おじいさんの下の世話を手際よく片付ける。

それから、うまく寝返りさせてシーツをスルリと抜き出した。

 

それらをまとめて大きなビニール袋に入れると

「代えのパジャマとシーツを車に取りに行ってくるよ」

と言って、部屋を出て行った。

 

俺はおじいさんに話しかけることで、このなんとも言えないやりきれない思いをぬぐおうと、おじいさんのそばに近づいて

「おじいちゃん!はじめまして!」

と大きな声で話しかけた。

 

すると、驚くことにおじいちゃんは、はっきりとした口調で

「殺してくれないか!」

と訴えてきた。

 

その声のトーンは

「あうあう」

と言っていたおじいさんの声ではなく、50才くらいの立派な男の人の低くて太い声だった。

 

俺はびっくりしてしまって、ただ立ち尽くしていた。

すると、田中さんが走って息を切らせて帰ってきた。

 

汗びっしょりの田中さんに

「どうしましたか?」

と聞くと

「なんでもない。なんでもない。」

と答えるだけだった。

 

その後は、新しいシーツを敷きパジャマを着替えさせて、ご飯を食べさせて帰る事になった。

帰り際に、体を拭くタオルや雑巾といった小物類を台所で洗って、ベランダに干して帰った。

 

「さようなら!」

と大きな声で挨拶すると、

おじいさんは

「あうあう」

と答えた。

 

 

ガストでステーキをご馳走になりながら、田中さんと話をした。

少し迷ったが、田中さんが口を開くきっかけになればと、おじいさんが

「殺してくれないか」

といったことを話してみた。

 

すると、堰を切ったように田中さんが、あの部屋でいろんな不思議なことが起こると話始めた。

やはり、キリストの教えを疑うようで、俺に話していいか迷っていたらしい。

ホントは親父に相談したかったが、とりあえず俺に体験させることでワンクッション入れようと考えたようだ。

 

田中さんが見る現象でもっとも頻繁なのが、おじいさんがマンションから飛び降りているところが見えることらしい。

マンションの外からおじいさんの部屋を見ると、おじいさんが飛び降り自殺をしているのだ!

駆けつけると下に死体はなく、部屋に入るとおじいさんは寝ているらしい。

この現象は田中さんの前任者、その前の前任者、ホームヘルパーの主任さんとたくさんの人が見ているらしい。

そして、目撃者はご近所にもわたり、今やこの県営マンションがほとんど空き家状態。

近所でも噂になっているという。

 

教会に帰って、この話を親父にすると

「死にたがっている生霊というわけだな…」

と答えた。

 

どうしたらいいと思う?と親父に尋ねてみた。

「どうしようもないだろう。願いを叶えてあげるわけにはいかないのだから」

俺は、なんとも言えない切なさと怖さを感じていた。

もし、おじいさんが老衰で亡くなっても、生霊はホントの霊となって消えないのではないだろうか?

時間にプライドと羞恥心は破壊され、なにもできなくなって尚も孤独に生き続けることを常識に強要されている

悲しい人間のぶつける場所すらない怒りと怨みはどんな「負」を作り出していくのだろう…

 

そして、今は高齢化社会。

我々の未来は「負」を避ける術を持たない。

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