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アイドリング中の自動車に寄り添う女と車の関係

この記事の所要時間: 257

去年の夏の話。

夜中、一度は熟睡まで行った眠りが浅くなって、目が覚めているようないないような、そんな状態のままずっと目をつむっていた。

それがどれくらい続いたのか分からないが、眠りが浅くなってからずっと車のエンジン音が聞こえている、ということにふと気づいた。

 

それでようやく目を開けて、体を起こした。

午前3時半くらいだった。

アパートの二階に住んでいるうえ、暑くて網戸しか閉めていなかったので、外の音は良く聞こえる。

どうやら、アパートに面した道路にエンジンをかけたままの車が停めてあるらしい。

半分眠りながら聞いていたから、どれくらいの時間その音が鳴っていたのかは分からなかったが、結構な長さだったような気がする。

眠りが浅くなるずっと前からだとしたら、2時間以上になる可能性もあった。

 

なんにせよ、目が覚めてしまったのはその音のせいだ。

迷惑だなと思うと腹が立って、網戸を開けてベランダに出た。

声をかけたりする気はなかったが、どんな車が停まっているのかだけでも見てみたかったのだ。

車には詳しくないので、紺色っぽいバンとしか分からないが、そんな車が部屋のベランダのほぼ真下に停めてあった。

街灯がそばにあるおかげで、はっきりと見えた。

 

そして、車のすぐそばに、

まず体の右側を下にして、横向きに寝転がる。

全身をぴんと伸ばし、車のバンパーと平行になるように…

 

そんなふうに寝そべった、真っ黒な服を着た女が、頭を軽く上げ、マフラーと言うのか、車の排気ガスの出るパイプを口にくわえていた。

右手でパイプをつかんで、左手は「気をつけ」の姿勢みたいに体にぴったりくっつけてある。

女の喉が動いていた。でも、それは呼吸の動きではない。

気体ではなく液体を飲み込むときの、

「ごくっ、ごくっ」

という大きくてはっきりした動きをしていた。

女の横顔は白くて、大きな目はうっすら笑っているようだった。

 

しばらくあっけにとられて見ていたのだが、何かやばいものを感じて、急に怖くなった。

ひょっとしたら、女は横目で俺の姿に気づくかもしれない。

そんなふうに思ったとき、女は唐突にマフラーから口を離し、横倒しから四つんばいの姿勢になって、クモのように歩き出して車から離れていった。

と、女が十メートルほど歩いたところで今度は車が動き出した。

車は狭い道で何度も切り返しをして向きを変えると、猛烈な勢いで走り出し、なおも四つんばいで歩いている女にたちまち追いつき、跳ね飛ばし、そして走り去った。

 

俺は部屋に戻ったが、警察に電話することもせず、混乱した頭を抱えたまま明るくなるまでベッドの上でぼんやりしていた。

何が起きたのか、女が何者で、車と女の関係はどんなもので、車に乗っていた人間はなぜ女を轢いたのか、疑問はいくらでも湧いたが、考える力がなかった。

 

朝になると、道路を通った誰かが女の死体に気づいたらしい。

外が騒がしくなり、救急車、ついでパトカーがやってきた。

同じアパートの人が教えてくれたところによると、どうやら

「夜中、この道路を歩いていた女性が車に轢き逃げされた」

という話に落ち着いたらしい。

 

「そうじゃない」

とは言えなかった。

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