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地蔵によって封じられていた八尺様という物の怪

八尺様という物の怪
この記事の所要時間: 1228

親父の実家は、自宅から車で二時間弱くらいのところにある。

農家なんだけど、何かそういった雰囲気が好きで、高校になってバイクに乗るようになると、

夏休みとか冬休みなんかにはよく一人で遊びに行ってた。

じいちゃんとばあちゃんも「よく来てくれた」と喜んで迎えてくれたしね。

でも、最後に行ったのが高校三年にあがる直前だから、もう十年以上も行っていないことになる。

決して「行かなかった」んじゃなくて「行けなかった」んだけど、その訳はこんなことだ。

 

春休みに入ったばかりのこと、いい天気に誘われてじいちゃんの家にバイクで行った。

まだ寒かったけど、広縁はぽかぽかと気持ちよく、そこでしばらく寛いでいた。

そうしたら、

「ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽっ…」

と変な音が聞こえてきた。

 

機械的な音じゃなくて、人が発してるような感じがした。

それも濁音とも半濁音とも、どちらにも取れるような感じだった。

何だろうと思っていると、庭の生垣の上に帽子があるのを見つけた。

生垣の上に置いてあったわけじゃない。

 

帽子はそのまま横に移動し、垣根の切れ目まで来ると、一人の女性が見えた。

まあ、帽子はその女性が被っていたわけだ。

女性は白っぽいワンピースを着ていた。

 

でも生垣の高さは二メートルくらいある。

その生垣から頭を出せるってどれだけ背の高い女なんだ…

 

驚いていると、女はまた移動して視界から消えた。帽子も消えていた。

また、いつのまにか「ぽぽぽ」という音も無くなっていた。

そのときは、もともと背が高い女が超厚底のブーツを履いていたか、踵の高い靴を履いた背の高い男が女装したかくらいにしか思わなかった。

 

その後、居間でお茶を飲みながら、じいちゃんとばあちゃんにさっきのことを話した。

「さっき、大きな女を見たよ。男が女装してたのかなあ」と言っても「へぇ~」くらいしか言わなかったけど、

「垣根より背が高かった。帽子を被っていて『ぽぽぽ』とか変な声出してたし」

と言ったとたん、二人の動きが止ったんだよね。

いや、本当にぴたりと止った。

 

その後、「いつ見た」「どこで見た」「垣根よりどのくらい高かった」と、じいちゃんが怒ったような顔で質問を浴びせてきた。

じいちゃんの気迫に押されながらもそれに答えると、急に黙り込んで廊下にある電話まで行き、どこかに電話をかけだした。

引き戸が閉じられていたため、何を話しているのかは良く分からなかった。

ばあちゃんは、心なしか震えているように見えた。

 

じいちゃんは電話を終えたのか、戻ってくると、

「今日は泊まっていけ。いや、今日は帰すわけには行かなくなった」

と言った。

 

『何かとんでもなく悪いことをしてしまったんだろうか。』

と必死に考えたが、何も思い当たらない。あの女だって、自分から見に行ったわけじゃなく、あちらから現れたわけだし。

 

そして、

「ばあさん、後頼む。俺はKさんを迎えに行って来る」

と言い残し、軽トラックでどこかに出かけて行った。

 

ばあちゃんに恐る恐る尋ねてみると、

「八尺様に魅入られてしまったようだよ。じいちゃんが何とかしてくれる。何にも心配しなくていいから」

と震えた声で言った。

それからばあちゃんは、じいちゃんが戻って来るまでぽつりぽつりと話してくれた。

 

 

この辺りには「八尺様」という厄介なものがいる。

八尺様は大きな女の姿をしている。

名前の通り八尺ほどの背丈があり、「ぼぼぼぼ」と男のような声で変な笑い方をする。

人によって、喪服を着た若い女だったり、留袖の老婆だったり、野良着姿の年増だったりと見え方が違うが、

女性で異常に背が高いことと頭に何か載せていること、それに気味悪い笑い声は共通している。

 

昔、旅人に憑いて来たという噂もあるが、定かではない。

この地区(今は○市の一部であるが、昔は×村、今で言う「大字」にあたる区分)に地蔵によって封印されていて、よそへは行くことが無い。

八尺様に魅入られると、数日のうちに取り殺されてしまう。

最後に八尺様の被害が出たのは十五年ほど前。

 

これは後から聞いたことではあるが、地蔵によって封印されているというのは、八尺様がよそへ移動できる道というのは理由は分からないが限られていて、その道の村境に地蔵を祀ったそうだ。

八尺様の移動を防ぐためだが、それは東西南北の境界に全部で四ヶ所あるらしい。

もっとも、何でそんなものを留めておくことになったかというと、周辺の村と何らかの協定があったらしい。例えば水利権を優先するとか。

八尺様の被害は数年から十数年に一度くらいなので、昔の人はそこそこ有利な協定を結べれば良しと思ったのだろうか。

そんなことを聞いても、全然リアルに思えなかった。当然だよね。

 

そのうち、じいちゃんが一人の老婆を連れて戻ってきた。

「えらいことになったのう。今はこれを持ってなさい」

Kさんという老婆はそう言って、お札をくれた。

それから、じいちゃんと一緒に二階へ上がり、何やらやっていた。

ばあちゃんはそのまま一緒にいて、トイレに行くときも付いてきて、トイレのドアを完全に閉めさせてくれなかった。

ここにきてはじめて、「なんだかヤバイんじゃ…」と思うようになってきた。

 

しばらくして二階に上がらされ、一室に入れられた。

そこは窓が全部新聞紙で目張りされ、その上にお札が貼られており、四隅には盛塩が置かれていた。

また、木でできた箱状のものがあり(祭壇などと呼べるものではない)、その上に小さな仏像が乗っていた。

あと、どこから持ってきたのか「おまる」が二つも用意されていた。これで用を済ませろってことか・・・

 

「もうすぐ日が暮れる。いいか、明日の朝までここから出てはいかん。

俺もばあさんもな、お前を呼ぶこともなければ、お前に話しかけることもない。

そうだな、明日朝の七時になるまでは絶対ここから出るな。

七時になったらお前から出ろ。家には連絡しておく」

 

と、じいちゃんが真顔で言うものだから、黙って頷く以外なかった。

 

「今言われたことは良く守りなさい。お札も肌身離さずな。何かおきたら仏様の前でお願いしなさい」

とKさんにも言われた。

 

テレビは見てもいいと言われていたので点けたが、見ていても上の空で気も紛れない。

部屋に閉じ込められる時ばあちゃんがくれたおにぎりやお菓子も食べる気が全くおこらず、放置したまま布団に包まってひたすらガクブルしていた。

そんな状態でもいつのまにか眠っていたようで、目が覚めたときには、何だか忘れたが深夜番組が映っていて、自分の時計を見たら、午前一時すぎだった。

(この頃は携帯を持ってなかった)

 

なんか嫌な時間に起きたなあなんて思っていると、窓ガラスをコツコツと叩く音が聞こえた。

小石なんかをぶつけているんじゃなくて、手で軽く叩くような音だったと思う。

風のせいでそんな音がでているのか、誰かが本当に叩いているのかは判断がつかなかったが、必死に風のせいだ、と思い込もうとした。

落ち着こうとお茶を一口飲んだが、やっぱり怖くて、テレビの音を大きくして無理やりテレビを見ていた。

 

そんなとき、じいちゃんの声が聞こえた。

「おーい、大丈夫か。怖けりゃ無理せんでいいぞ」

思わずドアに近づいたが、じいちゃんの言葉をすぐに思い出した。

また声がする。

「どうした、こっちに来てもええぞ」

 

じいちゃんの声に限りなく似ているけど、あれはじいちゃんの声じゃない。

どうしてか分からんけど、そんな気がして、そしてそう思ったと同時に全身に鳥肌が立った。

ふと、隅の盛り塩を見ると、それは上のほうが黒く変色していた。

一目散に仏像の前に座ると、お札を握り締め「助けてください」と必死にお祈りをはじめた。

 

そのとき、

「ぽぽっぽ、ぽ、ぽぽ…」

あの声が聞こえ、窓ガラスがトントン、トントンと鳴り出した。

そこまで背が高くないことは分かっていたが、アレが下から手を伸ばして窓ガラスを叩いている光景が浮かんで仕方が無かった。

もうできることは、仏像に祈ることだけだった。

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