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夜の闇よりも怖ろしい闇の欠片

この記事の所要時間: 2240

今よりまだ闇が深かった頃、闇から抜け出たとしか思えぬ者達が夜に紛れ、町を彷徨っていた。

町が眠りに就くか否かという時分、一人の男が誰もいない河原で真剣を手に、闇を斬り裂いていた。

 

その男の名は市倉源次郎。近隣の剣術道場では彼の名を知らぬ者はいない。

「俊敏にして品格がある」と、もっぱらの評判であった。

背も体躯もけして恵まれたほうではなかったが、相手の瞬きさえ見逃すまいとするかのような異様な集中力と、わずかでも迅く打ち込めると見ると、一瞬の躊躇もなく打ち込む度胸が市倉にはあった。

すべては、けして裕福でない家を出、剣で身を立ててゆくと決意し、鍛錬を重ねた成果であった。

 

そんな市倉でも、このような闇が舐めるような気味の悪い夜には、どうしても眠れないことがあった。

彼はそんなとき、刀を手に、一人河原に来るのであった。ここならば、邪魔の入る心配はない。

町の中心から離れていることもあるが、それ以上に、この河原に人を近づけない出来事が半年前にあったのだった。

市倉は今でも鮮明にそのときの陰惨な現場を思い出すことができる。

 

 

その日、市倉は町で信じられないような話を耳にし、河原に走ったのだった。

河原にはすでに多くの野次馬が死体を囲んでいた。

野次馬をかき分け、一歩前に出た市倉は足にぬるりといやな感触を感じた。

足を挙げると、赤い肉片が転がっていた。死体はかつて市倉の道場を破門された鍬蔵であった。

丸太のように太かった首は、そぎ取られたように半分ほど鮮やかに欠けており

腕、胸、脇腹、股とあらゆる部位が骨がはっきり見えるほどそぎ取られ、その肉片と血を辺りに散らしていた。

 

――人の仕業ではない。

 

瞬間、そう感じた。そこにはただ殺すのでは飽きたらない、恐ろしいまでの恨みや執念が潜んでいた。

一瞬遅れて別の恐怖がわき上がってきた。

この男――、鍬蔵とは手合わせこそしたことがないが、かなりの使い手だ。

型などないに等しく、どこからでも剣を繰り出し、どんな攻撃も本能的なカンでかわされた。

試合ならともかく、なんでもありの実戦ならば、どうなるかわからない。

 

市倉はそう考えていた。

鉄蔵はその剣と同じく野蛮で恐ろしいまでのカンをそなえていた。

殺す側ならともかく、殺される側に回る人間ではない。

 

 

鍬蔵を殺した者も、何を持ってその身を切り裂いたかさえも判らぬまま半年が過ぎた。

鍬蔵の亡霊の噂も手伝って、ただでさえ少なかった河原の人通りは完全に絶えた。

市倉がたっぷりと汗を掻き、引き上げようと刀を納めたとき、土手の上を動く灯りに気が付いた。

不自然な光景であった。こんな夜更けに、この河原の近くを通る者など見たことがなかった。

彼は足音を忍ばし、土手を登った。

 

提灯の灯りは人影を一つ作り上げていた。その影は着物を着た女のようであった。

市倉の予感は確信へと代わった。

暗くなれば、腕に覚えのある男でさえ近づかない河原に女が一人歩いているはずがない。――物の怪の類でもない限りは。

市倉はもともと人外の存在を信じないほうであったが、鍬蔵の一件はどうしても人の仕業とは思えなかった。

女の後を付けた。

 

市倉が剣の鍛錬にこの河原を選んだ最も大きな理由は、あわよくば鍬蔵を殺した物の怪を討ち取り、名を挙げるためだった。

彼にはその腕と度胸があった。

女は人通りの少ない道を選ぶように、畑のあぜ道や狭い路地裏を通った。

道を踏み外さないように、また物音を立てぬように一面の闇に目を澄まして慎重に足を進める必要があった。

女はやがて足軽長屋の一番端に寄りかかるように立っている小屋の前で立ち止まった。

 

市倉は失望と安堵のため息を吐いた。

「ただの変わり者か……」

女は提灯の灯を消すために顔を近づけ、一瞬だけその顔が浮き上がった。

雪のように白い肌に切れ長の冷たい目が映えていた。寒気が走るような美人であった。

 

市倉はしばらくその場を動けなかった。

彼の足を止めていたのは、女の冷たい目から伝わってくる得体の知れない恐怖であった。

剣を交えるとき、相手の目はさまざまな色を見せる。怖れ、焦燥、蔑み……。

だが、女のそれは初めて見る目だった。

 

 

あくる夜、市倉は飯を食べた後、家人である兄と兄嫁に「寝る」とだけ言い残し、一旦部屋に戻り、気付かれぬように裏口から抜け出した。

兄夫婦は彼の部屋に来るようなことはなかったし、市倉は嫁も迎えておらず、彼がいなくなっても誰も気付く者はいない。

昨夜よりも早く河原で待ち伏せた。

あの女はきっと夜に出かけ、夜のうちに帰ってくるのだと彼は思っていた。

かじかむ手足を擦り、ずいぶん長い間待った。

 

やがて、ぼんやりと土手の上に提灯の灯りが見えた。ただし、昨夜とは逆の方向から。

彼は土手を登り、女の後を付けた。今度は行き先を確かめるために。

「妖しい女だから斬った」などと言えるはずもない、あの女が物の怪であろうと、そうでなかろうと、その正体を現すまでは斬るわけにはいかない。

 

女は一件の家の前に立ち止まると、静かに戸を叩いた。

なにかの店のようであったが、暗がりで看板の字が読めなかった。

やがて、家の中で階段を下りる音がし、戸が開かれた。

女は手に持っていた風呂敷を渡し、代わりに何かを受け取ったようだった。

戸の中の者とニ、三静かに言葉を交わすと戸は締められ、女は元来た道を引き返し始めた。

市倉は姿を隠し、女が十分離れたと判断すると、女と同じように戸を叩いた。

 

出てきたのは白髪混じりの小太りの女だった。

「夜分すまん。いまの女は?」

女は驚いたように市倉を見ると、不審そうに眉をつり上げた。

「いやなに、こんな夜更けに娘一人で出歩くのは不用心だと思ってな……」

市倉がたどたどしく答えたのに対し、女は勘違いしたようだった。

 

「佐江さんのことかい?あの娘に惚れたんだったら、可哀想だけどあきらめな。ありゃ、たしかに美人だけど、大の男嫌いだからね」

女の口端に浮かぶ笑みが意図するところはわかったが、勘違いさせておいたほうが都合が良い。

「さきほど渡していたのは?」

「ああ、あれかい?そうだね、一月ほど前だったかね。うちに仕事ないかって訪ねて来たから、縫い物の仕事やってもらってんのさ。だけどやだね、あんた見てたのかい?」

市倉は女に礼を言い、来た道を急いで引き返した。

物の怪が内職などしているはずはないが、それでも妙な胸騒ぎは消えなかった。

 

土手まで来たところで女を見失ったことに気が付いた。提灯の灯りはどこにも見えない。

「私をお捜しですか?」

ふいに背後から声が聞こえ、市倉の心臓はドクンと大きく跳ねた。振り返れば、醜い化け物が襲ってくるのだと思った。

彼は背後の化け物に全神経を集中した。動く気配はない。彼は背後からはわからぬように刀のツカに手を掛け、すばやく振り返った。

女は身じろぎ一つせず、氷のように冷たい目でジッと市倉を見据えて言った。

 

「あなたは、どなたですか?」

「市倉源次郎だ。この先の長江通りに住んでおる」

「昨夜も後を付けていましたね?」

「そなたが物の怪の類かと思ってな。だが……」

女の口に一瞬だけ笑みが浮かび、言葉が詰まった。

 

「物の怪……、そうかもしれませんよ」

女の顔はまた氷のように固まり、市倉の横を通り過ぎた。地面をすべるような滑らかな足取りだった。

「いや、違う!」

「なぜ?」

女は立ち止まった。

 

「物の怪は内職などせぬよ」

「ひどい人、見ていた……」

振り返った女の顔は恐怖で凍り付き、視線は市倉の背後を凝視していた。

とっさに振り返る。

 

あぜ道が月明かりで仄かに浮き上がっており、その中ほどに闇から抜け落ちたような小さな黒い影があった。

影は藪に入り、カサコソと音を立てた。それからは、何の物音もしなかった。

女は座り込み、今までの冷静さからはとても考えられないほど取り乱し、震えていた。

「そんなに怖がることはない。狸かイタチと言ったところだろう」

そうは言ったものの市倉には今の影がそれとは思えなかった。

その影は今までに見たことがない奇妙な形をしていた。

 

女は唇まで白くし、両手で頭を押さえていた。

市倉は馴れない手つきで佐江の背中に手を回し、震えが止まるまでそうしていた。

女の震えと温かさが市倉の腕を伝わってくる。

なにが女をここまで恐がらせているのか、そのときはまだ解らなかった。

 

「そんなに恐いなら、なぜこんな夜更けに出かけるのだ?」

女の震えはだいぶ治まっていた。

「市倉様と申しましたね。夜の闇より、もっと――、もっと怖ろしい闇がこの世にはあるのです」

佐江は腕を振りほどいて言った。

「もう大丈夫です。一人で帰れます」

「本当に平気か?よければ、家まで……」

 

市倉は何の下心もなく、まったく善意で言ったのだが、佐江は

「お願いですから、もう放っておいてください……」

と力無く言い、走り去った。

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