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雪の降る日に川へ呼ばれた人

この記事の所要時間: 524

俺が小学生の頃、親父の同級生だった男の人が川で亡くなった。

死因は『溺死』ではなく『凍死』

田舎だったから、その衝撃的な亡くなり方に話題は持ち切りだった。

 

彼はゆきちゃんと呼ばれ、小学・中学と親父と同級生だったという。

大変な酒好きで、いつも赤ら顔をしていた。

普通の会社員には無理だと思うが、実家で農業を営んでいた彼は朝から酒臭いのも珍しい事ではなかった。

酒の飲み過ぎには心配していたものの、暴れたりするわけでもなく楽しく酒が呑める人なので、皆迷惑には思っていなかったと思う。

ただ困った事に、酔うと外で寝てしまう癖があった。

自宅の玄関先であったり、家の前の道路であったりと、必ず自宅周辺ではあるが寝てしまう事がちょくちょくあったらしい。

それでも風邪一つひく事なく、彼は毎日のように酒を飲んでいた。

 

ゆきちゃんが亡くなる前日、彼は俺の家に来て親父と飲んでいた。

つまり、最後に彼を見て会話をしたのはうちの親父という事になる。

近所の人からの電話でゆきちゃんの訃報を聞いた親父は

「信じられない……なんで……」

と呟き、受話器を持ったまま立ちつくしていた。

 

 

あの日、親父と楽しく飲んでいたゆきちゃんは、「夜も更けたしそろそろ帰るわ~。」と立ち上がり、帰り支度を始めた。

しかし、その日はかなり寒く、外は雪が吹雪いている。

帰ると言っても街灯もたいしてない田舎道だし、何より寒い。

 

「いいから今夜は泊まってけ。ここ(こたつ)で寝ていいから。」

親父はそう言って、彼を引き止めた。

実は、彼と酒を飲んだら引き止めるというのが、飲み仲間の中では暗黙の了解となっていた。

そして少し寝かせて酒が少し抜けてからか、朝がきたら彼を家に帰すのだ。

 

「いや~、悪いから帰るよ~。」

「悪くないから泊まってけ。」

そんな会話を何回か続け、二人は結局こたつで寝てしまった。

二人の話が面白いからと付き合って起きていた俺も、自分の部屋に戻って寝た。

時刻は10時ちょっと前だったと思う。

ここからは親父に聞いた話

二人が寝入ってしばらくした時、ゆきちゃんがゴソゴソと起き出したそうだ。

その気配で目を覚ました親父が時計を見ると、まだ12時過ぎだった為

「ゆきちゃん、まだ早いから寝てろや。明るくなってから帰れ。」

と言うと、ゆきちゃんは

「呼んでんだわ。呼ばれてっから帰るわ。」

と言い、帰ろうとする。

 

当時、携帯電話などは当然なく、緊急に呼ばれる事などまずない。

寝ぼけているんだろうと思った親父は、なかば無理矢理に座らせ

「誰も呼んでねぇから、もう少し寝てろ。」

と、ゆきちゃんを寝かせたそうだ。

ゆきちゃんは横になるとすぐにいびきをかきはじめ、やれやれと思いつつ親父も再び眠りについた。

 

どれくらい寝ていたのか、親父はゆきちゃんに体を揺すられ目が覚めた。

時計の針は、もうすぐ3時を指そうかという頃だった。

「俺、帰っからよ。呼ばれてっから。」

ゆきちゃんはそう言いながら、煙草を吸っていた。

 

さっきから呼ばれてるって何だ一体?

親父は不思議に思いながら体を起こした。

うちの田舎では、名前を呼ぶなどの使い方の他に、よばれる=招かれる、または頂くなんて使い方もする。

聞いていなかったが、もしかしたら明日(時間的には今日)、何か用事があったのかもな。

 

そんな風に思った親父は、

「大丈夫なんけ?もう帰れんのかい。」

そう声をかけると、

「あぁ、大丈夫だ。一本道だかんね、迷いようがねぇよ。」

と答えた。

 

確かに話し方もはっきりしてるし、4時間以上寝ていた事もあって、親父はゆきちゃんを見送ったそうだ。

まだ外は雪が少し降っていて、ゆきちゃんは傘をさして帰って行った。

 

 

彼が亡くなったという電話がきたのは、午前9時過ぎだった。

彼は、うちから20分程歩いた所にある川の中で、横になった状態で発見された。

川といっても川幅は2メートルもなく、深さは10センチないような場所だ。

 

そこで彼は上着を脱いで綺麗にたたみ、靴を脱いでその上着の上に置き、それを枕にして横になり、川に浸かりながら寝てしまったようだ。

普段はあまり人が通らないような所だが、その日たまたま橋を渡った近所の人が彼を発見したのだった。

彼の上にも雪が積もっていて、すぐには何だかわからなかったらしい。

すぐに救急車を呼んだが、すでに彼の体はカチコチに固まっていたと聞いた。

 

俺は数日後に、彼が亡くなったという川を親父と見に行ってみた。

橋から川を覗いてみて、改めて『何故こんな場所で』という疑問がわく。

その川の両脇には、大人の背丈程もある枯れ枝がびっしりと途切れる事なく生えていて、水の流れている所に辿り着くまでに相当苦労するはずだ。

ゆきちゃんは、わざわざこの枯れ枝を掻き分けて、川へ入ったんだろうか……。

 

何よりその川は、ゆきちゃんの自宅とは正反対の場所だ。

今までどんなに泥酔しても、必ず自宅近くへ戻っていた人が何故反対方向へ向かったんだろうか。

酒のせいと言われればそれまでだが、俺と親父は何か納得できないでいた。

そして、ゆきちゃんを帰してしまった事を親父はひどく悔やんでいた。

 

「泥酔状態ではなかったとはいえ、まだ酒が完全に抜けてたわけじゃなかったからな……。帰すんじゃなかった……。」

そう言って、しばらくの間は落ち込んでいた。

 

俺は今でも彼は何かに『呼ばれた』のではないかと思っている。

夜中にしきりに帰りたがった彼には、自分の事を呼ぶ誰かの声が聞こえたんじゃないだろうか……。

彼が亡くなった場所で、いくら探しても見つからなかった物がある。

それは、親父が貸したあの傘だ。

 

それは後日、ゆきちゃんの自宅の庭で見つかったのだった。

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