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千葉大女医○害事件

この記事の所要時間: 436

1983年1月7日午前5時45分頃、千葉大医学部病理学教室研究員・A子さん(25歳)が、千葉市中央区葛城の自宅近くで死んでいるのを新聞配達員が見つけた。
うつぶせに倒れていたA子さんの首には紐で絞められた跡があり、そばに落ちていた財布からは現金が抜き取られていた。

 

「A子!誰がやったんだ!」
被害者の夫で元付属病院研修医・S(当時25歳)は、すぐに現場に駆けつけ、遺体にすがって泣いた。
Sはその場で警察に事情聴取を受け、それにによると、前日は一緒に外出し10時半頃帰宅。一旦就寝したが、翌午前2時半頃、A子さんは「勉強がある」と1人で研究室に出かけた。
Sも家から10mのところまで見送ったが、その時は誰もいなかったという

疑われたのはSである。遺体には抵抗した跡がみられず、顔見知りの犯行と思われたことや、Sの手のひらに赤い条がついていたことなどからだった。

 

11日には二度目の事情聴取が行われ、Sはなぜか第一発見者であると告白し、次のように話した。
「あの日の午前4時ごろ、妻が心配になって外へ出た。そして現場で彼女が倒れているのを見つけた。すでに脈はなく、呼吸も停止していた。上着が胸までたくし上げられていたので、衣服の乱れを直した。しばらく茫然とたたずんでいると、アベックがなにやら話しながら近づいてきた、追いかけようとしたが、つまづいて、アベックは逃げていった」
 
17日、Sは自宅寝室で採血針で血を抜き自殺を図った。発見したのは秋田市から来ていた母親で、Sは病院に運ばれ入院した。

22日、Sの手の皮下出血の痕が、A子さんの首を絞めた際の電気コードによるものと判明して逮捕された。
以後、妻の死について、「私が第一発見者」「レ○プされたことを気に病んでの自殺」と供述が二転、三転した。

 

Sは1958年に秋田市川尻町で生まれている。父親は秋田駅裏の店舗もない物売りから身を起こした不動産仲介業者だった。
ちょうど土地ブームに乗り、事業は飛躍、やがて秋田駅前に豪邸や本社ビルを建てるほどになった。
もともと宮城県内で教員をしていた父親は、ある学校長の娘と結婚して長女をもうけたが、離婚。別の女性と結婚し、長男とSが生まれたのだった。

Sは秋田大学教育学部付属小学校、同中学校から県立秋田高校に進学。そして栃木県壬生町にある獨協医科大学に進んだ。
父親はSを医者にするために小学生の頃から家庭教師をつけ、寄付金4000万円を積んで医大に入学させた。
Sは高校時代の友人に「俺は4番目だった」と話していたが、それは寄付金の額の順位だったいう。

殺害されたA子さんは千葉県下の大病院の1人娘であった。
家業を継ぐために独協医科大学に入学したA子さんは、1年の7月頃に知人を通じてSと知り合い、秋には深い関係となった。
2年生の頃にはA子さんが銚子市の実家にSを連れて行ったが、彼女の父親もSを一目で気に入った。
4年生の頃からはSがA子さんのマンションに移り同棲生活を始めた。

3月に行われた医師国家試験には2人とも無事合格したが、A子さんの父親から勧められた千葉大医学部の大学院受験には失敗していた。
そして4月からはSが千葉大付属病院の研修医として勤務、A子さんは同医学部の研究員の道を進んだ。
 
2人は医大卒業直後の4月に正式に婚約。前々から両家の間で話し合いが持たれ、Sが婿入りすることになった。
A子さんの父親は千葉市中央区葛城に2人のための新居を建て、乗用車ブルーバードを買い与え、また月々20万円の生活援助をしていた。

10月10日(事件の3ヶ月前)、帝国ホテル「富士の間」で結婚式行われ、媒酌人は千葉大の学長夫妻がつとめた。
地元新聞も名士が多数出席したこの挙式を大々的に伝えた。式が終わると、2人は沖縄へ新婚旅行に出発した。

 

Sは大学在学中からA子のほかに女性十数人と関係していたとされる。
さらに千葉に来てからもソ○プ嬢(当時21歳)と半同棲のような暮らしをして、妻が自宅に居ないときには家に招き入れたこともあった。

彼女とは8月に別れたが、次に入れ込んだのが千葉市内で知り合ったフィリピン人ダンサー(当時19歳)で、新婚旅行から帰った後にもう交際を始めている。
Sは彼女が12月下旬に契約切れのため愛媛県今治市のキャバレーに移ると、そこまで会いに出かけている。愛媛には大晦日の日まで滞在していた。
Sはキャバレーの経営者に「200万出すから、彼女を千葉に戻してくれ」と頼んだ。
その際、サラ金から80万円を借りて妻と喧嘩となった。なお、このフィリピンダンサーは後に歌手デビューしている。

検察側によると、妻が邪魔になったSは、ガス爆発事故に見せかけて殺害する計画を立てた。
1983年1月5日とその翌日に台所のガスを漏らし、A子さんが電灯スイッチを入れると引火爆発するように電球にヒビ入れを作ったが、これに失敗した。

1月6日、A子さんは医局からの電話で、Sが12月20日から無断欠勤していることを知った。
このことを問い詰めると、フィリピン人ダンサーとのことや、自分を殺害しようとしたことを知った。
A子さんは「実家に帰る」と言って家を出たが、Sは「(実家に色々バレると)人間としても医師としても社会から抹殺されてしまう」と思い、電気コードを持って追いかけ、家の前で殺害した。

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