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硫黄島が未だに民間開放されず立ち入ることが出来ない開かずの島になっている訳

 2016.05.03     都市伝説・ネタ     2件     Loadingお気に入りに追加
開かずの島になっている硫黄島
この記事の所要時間: 60

19 本当にあった怖い名無し 2009/12/12(土) 13:18:19 ID:p7FkQ+SQ0

硫黄島が未だに、民間開放されてないのはなぜか。

社会常識としては、硫黄島が軍事上の重要拠点になってるから。

真相は単純。その原理は、旅館の開かずの間と同じだ。出るんだよ。

夥しい数の英霊が。それも、日米混合で。

 

硫黄島がベトナム戦争並みの激戦区だったのは、戦後に左翼とかが頑張ったせいかあまり知られていない。

新しくて『密度』がハンパじゃない古戦場。しかも、出るのが英霊。

オカルトだけでなく、政治や軍人遺家族等が織り成す人間的要素が加味される。

それも、日米はもちろん東アジアからも詣でられる。

 

こういう離島は、硫黄島ほどじゃないけどアラスカ州のアリューシャン列島にもある。

こちらの方は、島の面積も広いし要所要所を米国側がきちんとしてて民間人も住んでる。

硫黄島の海みたいに、大きな戦艦の幽霊船みたいなのが出現したりしないしな。

もし、ゴム筏か何かであの艦船に近づいていったら今頃どうしてるところだったのかな。

 

だから、硫黄島から基地が移転することは無い。

何十年経っても、たとえ防衛省が民営化される日が来ようと、海運系の華僑や日本の漁師ですら移住できるかは微妙。

 

37 本当にあった怖い名無し 2009/12/12(土) 21:35:58 ID:xiU7IPBD0

>>19
俺の姉の旦那が海自で、2年間硫黄島に出張だったがかなりでるらしいな。

なんか自衛隊でも幽霊対策のルールがあるんだってさ。

寝る前は窓の外に水をいれたコップを置いておく。

朝になるとコップは空っぽになるらしい。

幽霊信じない若い奴がこれやらなかったら、初日深夜に「熱い~熱い~」と気が狂った様に部屋の壁叩いてたって。

 

あと土掘るとすぐに人骨がでてくるらしい、これの回収も仕事。

昼間誰もいないのに軍隊の行進の足音が迫ってくる事があるらしい。

その時は上官が「撤収!」って叫んでみんな逃げるらしい。

 

ちなみに戦艦の幽霊は見たことないって。

画像出典元:blog.goo.ne.jp

硫黄島 (東京都)とは?

行政区分上は東京都小笠原村に属し、東京都区部からは、南方におよそ1,200 kmに位置する。

島内の最高峰は、摺鉢山(標高169 m)であり、硫黄島は周囲の島々と合わせて火山列島(硫黄列島)と呼ばれる列島を形成している。

活火山の火山島であり、地熱が高く、島の至る所で噴気が有り、噴出する火山ガス(二酸化硫黄等)により特有の臭いが立ち込めている。これが硫黄島の名の由来である。

また、歴史的呼称として硫黄島(いおうじま)の別称もある。

 

現在は海上自衛隊と航空自衛隊の基地が置かれており、基地関係者以外の民間人の全島への立ち入りが制限されている。

しかし、太平洋戦争(大東亜戦争/第二次世界大戦)の激戦地(硫黄島の戦い)として知られ、旧島民らの慰霊などのための上陸は例外として許される。

このため小笠原諸島に属しているが小笠原国立公園からは除外されている。

 

戦前の歴史

島北部には元山部落、東部落、西部落、南部落、北部落、千鳥部落の6つの集落があり、元山部落には硫黄島尋常小学校と硫黄島神社が置かれ、島の中心となっていた。また、島には父島から派遣された警察官1名が駐在していた。島南部は海軍省によって要塞地帯に指定され、一般島民の立ち入りが制限されていた。

当時の島内の産業は、硫黄採取鉱業、サトウキビ、コカ、レモングラス等の栽培農業、近海沿岸漁業等で、これらの産業は硫黄島産業株式会社が取り仕切っており、島民の大半は同社に直接、間接的につながっていた。島内での穀物生産は困難のため、米は本土からの移入に頼っていた。麻薬(医療用)使用目的としてのコカ栽培は、アジアではここと台湾だけであった。

当時の島民の証言によれば、「きちんと稼げていた」とのことであり、絶海の孤島ではあったが、島民の経済状態は悪くなかったようである。

島外との交通手段は、月1回の郵便船で母島へ渡り、そこから船で東京へ向かうルートと、2か月に1度の日本郵船(1935年1月8日に子会社の近海郵船に移管後、1939年9月8日で近海郵船が日本郵船に併合の為に再移管)の定期船「芝園丸」で東京へ直行するルートがあった。

 

戦後の歴史

戦後、米国より施政権返還後の硫黄島は、海上自衛隊管理の航空基地が設置され、島内全域がその基地の敷地とされているため、原則として基地に勤務する自衛隊員以外は島に立ち入ることが禁止されている。ただし必要に応じて、飛行場等の整備・改修工事を行う防衛省北関東防衛局職員及び建設業者等の作業員並びに遺骨帰還事業を行う厚生労働省職員等の立ち入りが許可される。

本島は潮風や硫黄による腐食が激しいため、基地施設等の補修が常時行われており、作業に従事するこの建設業者の住宅施設が存在する。また、海上自衛隊が火山観測を行なっており、国土地理院と気象庁の職員も定期的に観測のために来島している。1970年代後半には防災科学技術研究所の観測点が設置され、以降地震観測が継続されている。

火山活動による隆起が非常に激しいため、硫黄島に港を築港することができず、船積みのボートが着けられる程度の小さな波止場(桟橋)しか存在しない。その関係で大型船舶は少し沖合いに停泊せざるを得ず、航空機で運べないような重量物は、おおすみ型輸送艦を使い、艦載のLCACで海岸から少し内陸のところにある揚陸施設に揚陸させる。航空燃料や軽油などは、沖合いに停泊した民間タンカーから、揚陸施設へと長大ホースを伸ばして補給を行う。

硫黄島への宅配便・郵便物は通常の硫黄島の住所を記載しても届かない(日本郵便においても「交通困難地」とされている)。隊員の家族の仕送りや外部から業務用の資材や郵便物などは、自衛隊が指定した基地へ一括搬入することになる。

島の西側に見える船の残骸は、島を占領した米軍が防波堤とするために1945年に擱座させたコンクリート船が台風で破壊されたものとされている。うち、LCAC揚陸場近くの一隻は小型船の桟橋として利用されていた。また、現在も島の地下には1万3千柱を超える戦死者の遺骨とともに、無数の不発弾が残され、この回収も困難な状況である。不発弾爆発の危険性等から、自衛隊員でも立ち入りが禁じられている地域も存在する。

大戦中に破壊された大砲や戦車の残骸、飛行場跡、地下壕跡、トーチカ跡等の戦争の痕跡が現在も数多く残っており、硫黄島の戦いで戦った兵士を慰霊、顕彰する施設・碑、かつて旧島民が暮らしていた集落や墓地があったことを偲び、慰霊する施設・碑も数多く設置されている。

出典元:ja.wikipedia.org

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コメント

    • 名前: 怖い名無しさん
    • 投稿日:2016/05/04(水) 00:19:52 ID:MyNTA5NTQ

    うちの旦那も自衛官で硫黄島行ったけど、なにも見なかったしコップの水もやらなかったらしいけどなーんにもなかったって。
    そんなもんだよね。

    • 名前: 怖い名無しさん
    • 投稿日:2016/09/09(金) 14:28:49 ID:kwNDMxODA

    硫黄ガスが立ち込めてるから立ち入り禁止なんじゃないの。
    そりゃ昔はガスによる健康被害なんて考えられてなかったんだろうから立ち入り出来たわ。
    私今仕事で硫化ナトリウム使ってるけど検診必須だし。

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