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台風で荒れた山に漂う死臭と蠢く音の正体

 2016.05.03     悲惨な話     コメントを書く     Loadingお気に入りに追加
この記事の所要時間: 256

10年ほど前、大型台風で荒れた山で、沢筋を詰める事数時間、沢が尽き、そこから先は尾根までの直登となった。

尾根までの距離は長く急斜面で、台風に流され、浮いた状態の木切れや石が、踏ん張りがきかずに滑る足を痛めた。

岩が消え、木が流され、地面さえその高さや形を変えてしまっている。

天候は良かったが、山は、お遊びで登るのに適しているなどと、決して言えない状態だった。

 

そんないつもと違う山が俺たちを、浅はかにも高揚させていた。

普通に考えれば、あるいは今なら絶対に奥まで踏み込まないが、それは今回の本題ではない。

 

沢から抜けてすぐ、臭いには気付いていた。

沢登りが好きだった俺たちは、登山やハイキングのコースから外れたあたりを歩くことが人より多かったが、時に出くわす、あの臭い。

山中で息絶え、土に返ろうとする大型生物が、自らの生きた証として周囲に染み付かせようとするかのように撒き散らす、あの臭い。

 

空の上の誰かさんが念入りに調合した青を流したような空、

そこにあるだけで、充分に恵みと言えそうな太陽、

丹念に葉を揺らしながら、斜面をゆったりと行く風、

地面から、木々から、もしかすると岩から立ち昇る、程よい湿り気。

そうした気持ち良いはずの一切合財を、台無しにする死臭。

 

やがて分かった。

斜面の一角に、多くの鹿の屍骸。

30頭までは居ないだろうが、20頭以下という事はなさそうな、そんな多くの鹿が倒れ、足を突っ張り、腹を膨らませ、微動だにしない。

鳥や熊にでも食われたのか、腹が裂けている屍骸もある。

大嵐の中、何があったのか、ともかくこいつらは、ここに追い込まれた。

 

不思議なのは、木や岩に挟まれて動けないまま死んでいるのは3~4頭で、その他のはなぜここで死んだのか見当がつかない。

不自然に折れ曲がった背中、口から突き出された舌、すでに血膿でしかない眼球、こんな場所、状況でなければ、きっと欲しくなったはずの、見事な牡鹿の角。

流れ出た内蔵には、赤やピンクだけでなく、青っぽい色をしているのもある。

明るい空の下、奇妙に光る死の塊。

 

長く見ているようなものではないと分かっていながら足が止まり、息が止まり思考が止まった。

地獄絵図と言って良いだろう。

 

不意に肺から空気が押し出され、まともな意識が舞い戻った。

よく見ると、動いている。

白い元気いっぱいな奴らが、ざわざわと動いている。

目や口から溢れた奴が地面にこぼれ、避けた腹から押し出された奴が盛り上がり、波打つように動いている。

 

鹿の内容物が化学変化を起こし、この白い小さな生き物に変わるプロセスを想像した。

いや、もしかすると、鹿は元々こいつで満たされていたのかもしれない。

それほどの量に見えた。

 

そして、蛆虫の音というのを初めて聞いた。

一種独特の湿った重い音。

炊き立ての白米にしゃもじを突き入れ、かき回しているような音だが、もっと活動的でエネルギーに満ちた音。

 

吐き気を感じたが、自分の口から大量の蛆虫が吐き出されるのを想像した。

喉を、口を、内側から逆流する蛆虫の感触までリアルに感じた。

その沢に行ったのは、それが最後だった。

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