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東名高速の日本坂トンネルを通過して帰宅した霊道体験

 2015.07.14     恐怖体験談     コメントを書く     Loadingお気に入りに追加
日本坂トンネル
この記事の所要時間: 444

【投稿者名】まさおさん  【分類】恐怖体験談 :2015/07/14 01:23:51

 

今から約15年くらい前、私が大阪本社から静岡に転勤していた時の実話です。

4月くらいに、浜松市で某メーカーの展示会を終えて、静岡市内の部屋に東名高速で帰りました。

かなり疲れていたのもあり、その日は早く床についてしまいました。

 

そして、深夜2時前後に疲れ過ぎもあったのかうつ伏せに寝ている事に気がつくと、何やら遠くから走ってくる黒いものがうつろな状態からもハッキリとわかりました。

それは、どんどん加速してドタドタと近づくと、マッチ棒の燃えた後の細く焼けた人の様なものでした。

突然の出来事に怖くなりましたが、夢かとも思いました。

次の瞬間、起こしかけてた頭を踏まれ布団に顔が沈んだ瞬間、金縛りに成りました。

完全に重みを感じパニック状態でしたが、それは私の背中で息苦しそうに鼓動しているのがわかりました。

 

耳元で何か囁かれたらどうしようか…。

 

そして恐怖のなかで必死にもがき、声にならなかったですが題目を唱えました。

しばらくすると、金縛りも解けたので直ぐに起き上がり、電灯をつけました。

周囲をみまわしてもそれは居なかったので、疲れていたせいで幻覚でも見たのか、それともこの部屋がいわくつきなのかと考えましたが、直ぐにそれは違う事に気づきました。

それが来た壁を見たら、4~50センチ位の範囲で真っ黒にすすけていたのです。

更にその方角には、浜松からの帰りに通過した日本坂トンネルがある事を思い出しました。

確か、随分前に火災事故が発生し、大勢の方が亡くなっています。

トンネル火災は悲惨で、煙の勢いもさる事ながら内部は溶鉱炉のようになり、千度以上にも成ってしまい骨まで灰になり、身元性別も判断しにくかったと聞いてます。

勿論、車も溶けてます。
私自身は、霊感がどれだけあるのかはわかりませんが、感は良い方だと思います。

 

後日、部屋に遊びに来た同僚にも壁のすすけ具合を指摘されました。

「どうして入居の時に新しくクロスを張替えてる部屋なのに一点だけ丸く黒いの?」と聞かれましたので、その事を話しました。

ゾッとした顔をしていました。

しかし、私はその時は恐ろしかったですがトンネル火災で亡くなられた方の事と、あの息苦しい鼓動が切なく感じられます。

亡くなられ方々の御冥福を祈ります。

そして、静岡は1年ほどで移動しました。

次の転勤先の岡山でも更に洒落にならない体験が待っていましたが、又の機会にお話しさせて頂きます。

日本坂トンネル火災事故の内容

日本坂トンネル火災事故(にほんざかトンネルかさいじこ)とは1979年7月11日に東名高速道路の日本坂トンネルで発生した火災。

 

1979年(昭和54年)7月11日18時40分ごろ、東名高速道路 日本坂トンネル下り(2013年7月現在は上り右ルート)トンネル内で乗用車2台と油脂を積んだトラック4台が絡む追突事故が起きた。

直前に前方で交通事故が起き、トンネル内で事故渋滞が発生していたが、これに気がついたトラックAが急ブレーキをかけた。

しかし、後続の鋼材10トンを積んだトラックBが前方不注意でよけきれずAに追突。このトラックBに乗用車Aが追突。

後ろを走っていた乗用車Bは追突した3台を左へ避けてトラックBの側部に接触して停車。

乗用車Bの後ろを走っていた、合成樹脂を積んでいたトラックCはなんとか停車したが、これに松脂を積んだトラックDが時速100km/hで追突した。

トラックDによってトラックCは前に押し出され、乗用車AはトラックCに押されてトラックBの下部に車体全体がめり込み、乗用車Bは車体後部をトラックCに潰され、漏れたガソリンが発火。

上記の多重衝突で、トラックBとDの運転手、乗用車Aの2名が即死。乗用車Bの3名も脱出できず焼死。あわせて7名が死亡し、加えて2名が負傷した。

合成樹脂や松脂といった可燃性の強い積載物も災いし、火はトンネル内で道を塞がれ立ち往生した後続車に次々に燃え広がった。

トンネルはスプリンクラー設備や排煙装置など当時最新の消防用設備を備えていたが、火災の勢いが強すぎて有効に機能しなかった。

死亡者以外のドライバーや同乗者たちは全員無事に避難できたが、鎮火まで65時間を要した。また、名古屋テレビ放送(ANN:テレビ朝日系)の大型中継車もトンネルの中央部分で停止し、テクニカルディレクターやカメラクルーは煙に巻かれる前にカメラ機材などすべて放棄し避難したという。

この中継車を含めて173台の自動車が焼失するという大火災となった。日本の道路トンネルにおける火災として史上最大規模の事故である。

事故当時、トンネル情報板は日本坂トンネル手前にある小坂トンネルから更に約500m手前に1基設置されているのみだった。

小坂トンネルと日本坂トンネルの坑口はわずか60mしか離れておらず、情報板を設置してもドライバーが視認出来ないと判断され日本坂トンネル入口には設置されていなかった。

このため日本坂トンネル内にいた車両はもとより入口から約800m手前の間にいた車両にも進入禁止を告知する手段が全くなく、後続車が火災に巻き込まれ被害が大きくなる一因にもなった。

出典元:ja.wikipedia.org

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