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編み笠を被り錫杖を持つお遍路さんのような姿をした者が現れると死期が近い

この記事の所要時間: 532

もう10年以上も前になる出来事です。

叔母さんが子宮筋腫の手術のため入院し、私がそれに付き添うことになりました。

叔母さんは私の母の妹にあたる人で、私がまだ幼少時に私の母が交通事故で他界してしまったこと、そして叔母さんには子供がなかったこともあって、私のことを実の娘のようにかわいがってくれていた人でした。

だからその入院の折にも、仕事が忙しくてなかなか付き添えない叔父さんに代わって、私が高校を休んで付き添いをすると申し出たのでした。

 

叔母さんの手術は無事に終わり、手術後の経過も順調でした。

そして、手術した日から4日目にいよいよ歩行開始となりました。

昼食を終えると看護婦さんが二人部屋に来て、私と合わせて三人で補助しながら叔母さんはベッド脇に立ち上がりました。

そのままゆっくりとトイレまで歩き、用を済ませ、そして部屋に向かって歩き始めた、その時でした。

「香織ちゃん、何だか気持ち悪い…」

叔母さんが細い声で言いました。

「胸が苦しいわ、息が、…コホッ…」

そう言ったかと思うと、叔母さんはそのまま前向きに崩れ落ちるようにして倒れ込み、2、3度けいれんしたかと思うとそのまま動かなくなりました。

私は大声を上げて人を呼びました。

近くにいた患者さんがすぐに看護婦さんと先生を呼んできてくれたのですが、先生達の懸命な手当てにもかかわらず叔母さんはそのまま帰らぬ人となりました。

 

ここで、話を手術の前日まで戻します。

 

叔母さんが入院していた部屋は個室で、部屋に入ると左手前に洗面台、右手前に収納棚が備え付けてあり、対面には大きな掃き出し窓とベランダ、右側の壁にはベッド、左手の壁にはベッドに向かい合うようにしてソファと簡易棚、テレビが置かれていました。

その日の午後、叔母さんと談笑しているうちに外が暗くなってきたのに気付き、窓を閉めてカーテンを引こうとした時でした。

部屋の右隅に落ちていたものに目が留まりました。近づいて良く見ると、それはわらのようなものでした。

よく、納豆をこれに包んで売っているのを見かけるような、そんな感じの長さ、太さのものが二本、そこに落ちていたのでした。

どうしてこんなものが?、とも思いましたが、その時はあまり深く考えずにそのままゴミ箱へ捨ててしまいました。

 

ところが翌々日、洗面台で手を洗っていた私は、今度は洗面台の右隅のところに一昨日見つけたのと同じようなわらが三本落ちているのに気がつきました。

丁度、一昨日それと同じようなものを見つけた場所とは部屋の対角線上にあたる場所になります。

不審に思ってそれを拾い上げ見ていた私に、
「どうかしたの?」
と叔母さんが声をかけてきました。

こんな物が落ちてたから、と言ってそれを叔母さんに見せました。

叔母さんは、しばしの間何か考え事をする様な仕草を見せましたが、すぐに私に顔を向け直すと、
「どこか他にもこんな物が落ちていなかった?」
と聞いてきました。

私は、一昨日同じような物を見つけたことを話しました。

すると、即座に叔母さんはあっちを探してみて、と言ってテレビの方に向き直ります。

言われた方の部屋の隅を探して見ると、そこには同じようなわらが一本だけ、簡易棚にくっつくようにして落ちているのが見えました。

 

叔母さんは、深く大きく息を吐くと、そのまましばらくの間黙り込んでしまいました。

やがて私の方に向き直ると、叔母さんはゆっくりと話をし始めました。

以下、叔母さんが私に語ったことです。

 

 

いい?、香織ちゃん、落ち着いて聞いてね?

これはね、あなたのお母さんが亡くなるほんの少し前にあったことなんだけど。

生死の境をさまよっていた姉さんの枕元に、編み笠みたいなものをかぶって、錫杖のような棒を持って立っている人が見えたの。

最初は私もあなたと同じで、姉さんの足元のところにわらが落ちているのを見つけただけだったわ。

それが、姉さんが亡くなるちょっと前になって、姉さんの枕元近くの部屋の隅で、俯き加減に姉さんの方をじっと見つめて立っているのに気がついたの。

私、この人はきっと姉さんを連れて行こうとしているんだと思って、
「お願い、連れて行かないで!」
…って叫んだの。

そしたらその人、私の方にゆっくりと振り向いて、俯いたまま首を横に振ったのね。

その時、かぶっていた編み笠のようなものから、さらさらとわらが落ちていくのが見えたの。

丁度、今あなたが見つけたのと同じようなものだったのね…。

今、その姿は私には見えないけど、でもきっと今度は私を連れて行こうとしてここに来ているんだと思う。

こんなところに落ちているはずのないわらが、だんだんと私の枕元に向かって移動してきている感じがするでしょう?

ごめんね香織ちゃん、突然変な話をして。

こんな話、信じられないでしょうけれど…

 

 

部屋に運び込まれた叔母さんの周囲で、看護婦さん達がめまぐるしく動いています。

先生達が懸命に叔母さんを救おうと努力してくれています。

震えながら呆然と立ちつくしていた私を、看護婦さんが促すようにして部屋の外に連れ出してくれたのですが、その部屋を出て行くまでのほんの一瞬のことです。

私は、はっきりと見てしまいました。

お遍路さんのような姿、枕元、覗き込むようにして叔母さんのことをじっと見つめたまま立っているその姿を、恐らくはかつて母の枕元に叔母さんが見たものと違わないであろう、その姿を。

 

私は、お盆が明けたら帝王切開のため入院する予定になっています。

この入院が、私は今何だかとてつもなく不安です。

マタニティブルーだとか考えすぎだとか妄想だとか、単にそんな類のものなのかもしれませんが、最近妙に叔母さんが入院した時の出来事を思い出してしまうことが多くて、こんなに不安になり胸騒ぎを覚えるのは三年前に盲腸で入院した時には全くなかったことなんです。

 

もしも部屋の隅に何かが落ちていたら…?

そしてもしも、私には見えないその姿が枕元に立ってしまったら…?

「案ずるより産むが易し」

悪しき予感を覚えながらも、本当に文字通りそうであることを願っている、今日この頃です…。

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