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日々の行いや振る舞いからは気付けない邪悪な心の闇

 2015.08.09     恐怖体験談     コメントを書く     Loadingお気に入りに追加
この記事の所要時間: 427

私は、数年前まで中学校の教員をやっていた者です。

生徒数の多い学校というところは、大勢の人間が行き来するだけにさまざまな『気』が澱んでいく場所のようです。

よい意味で清々しい気もあれば、悪意に満ちた気もある…

これは、そんなことではないかなという私の体験です。

 

私が教員になったばかりの頃ですから、今から20年以上前になります。

当時、一人の病弱な男子生徒がいました。

先天的に腎臓に障害があり、小学校時代から定期的に人工透析を受ける生活を続けていた彼は、自分の病を正面から受け止めて精一杯生きている少年でした。

「頑張り屋」…当時の彼を知る周囲の一致した評価です。

教室では誰もが自然に、彼に一目置いていました。

体がきつい時でも笑顔を絶やさず、決して人の悪口を言わない。

話も面白いし、友人の悩みごとの相談にものってあげる。

学校を休みがちだったにもかかわらず、勉強でも上位の成績を維持していましたし、それを鼻にかけることもない。

誰もが嫌がる秋の恒例行事『駒ケ岳縦走』も、病をおして三年間とも参加するなど、大人の我々から見ても彼の頑張りは尊敬に値するものでした。

それは、学校祭も駒ケ岳縦走も終わった晩秋のことでした。

 

 

ある日の放課後のことです。

部活動も終わり、生徒も下校した6時過ぎでした。

すでに日は落ちて、校舎の中はもちろん外も真っ暗になっている時間帯です。

日直だった私は一人で校舎内を見回っていました。

面倒なので、懐中電灯などは持っていませんでした。

築20年を経た古びた鉄筋校舎の明かりは、廊下のちかちかと薄暗い蛍光灯だけです。

当然、教室の中は真っ暗です。

 

私の担任していた3年2組の教室の前まで来た時、校庭の常夜灯に照らされて窓際の机に人影が見えました。

正直ぎょっとしましたが、やがてそれが彼であると気づいて私は躊躇なく教室に入って行きました。

「なんだ○○、驚かすなよ。忘れ物か?」

そんな声を掛けたのだと思います。返事はありませんでした。

「電気くらい点けろよ…びっくりするじゃないか。」

言いながら、教室の電気を点けました。

古ぼけた蛍光灯が点るまで、一瞬の間がありました。

見ると、彼は自分の机に座ったまま黙ってこちらを見ています。

私は、必要以上に大声になっている自分に気づきながらも、続けて彼に話しかけました。

なぜだか、話しかけずにはいられない気分で…

「真っ暗じゃないか。何を忘れたんだ?」

 

彼はまだ黙っています。座ったままです。でも、こちらをじっと見ています。

「もう遅いから、早く帰りなさい。あったのか、忘れもの…」

言いながら、彼に近づいていきました。

その時ふっと、彼の表情が変わったように思いました。

「…何を忘れたんだ」

自分の声が、無残にも尻すぼみになるのが判りました。

そこに居る少年が、いつもの柔和な表情をしていないことに気づいたからです。

それは…厳しい表情でした。

いや、厳しいというより何か「邪悪な」といった表現がしっくりする表情です。

 

目がすっと細くなり、薄い唇の端が引きつって震えている。

硬い頬に歯を喰いしばったような筋肉のすじが浮き上がり、色白の顔には額の血管までもがはっきりと浮き出して見えました。

机の上に置いた白い指が、神経質に震えているのも判りました。

やがて、彼は口を開きました。

「はい。もう帰ります。」

「あ、ああ。気をつけてな。」

私が先に教室を出ました。

彼が口をきいたことで、何故かほっと安堵の想いが湧き上がった私は肩越しに振り返りつつ、彼に話しかけました。

「で、何を取りにきたんだ?」

 

言いながら、振り返ったそこには…誰も居ませんでした。

がらんとした無人の教室。

同時に、私は思い出したのです。

彼は先週から具合が悪くなり、県外の病院に入院していたことを。

翌日、彼が亡くなったという知らせがありました。

そして、級友たちに見送られて彼が旅立った葬儀の翌日。

一枚の写真を持って、女子生徒たちが憤慨しながら私のところにやってきました。

それは、今年の駒ケ岳縦走での集合写真でした。

「先生みてください、これ!!」

それは、山頂で撮ったクラスの集合写真でした。

先日から購入希望を募るため、教室の掲示板に貼り出してあったもの。

青空の下、連なる峰々を背景にそれぞれ思い思いの格好でポーズするクラスメイトたち。しかし、その顔には…

 

画鋲を無数に突き刺した痕がありました。

全員の顔に、ブツブツと乱暴に穿たれた傷痕。

…いや、正確には「一人を除いて」。

ボロボロの写真の中には、彼の笑顔だけがあったのです。

 

これは、私の単なる錯覚に違いないと思いたいのです。

でも、あの教室での彼の表情を思い出す度に、ひやりとするものが私の心に甦るのも事実なのです。

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